• 古町隊

すし作 ~ コスパ抜群、職人が握る鮨

平成31年1月、とある日。再訪。いつもながらご無沙汰しているお店の一つだが、顔なじみだからこちらのご主人はいつも私に良くしてくれる。カウンターだけのこじんまりとした店だし、ちょいと目立たない場所にあるからあんまり混まない。ぽつらぽつらの客入りが私にはむしろ心地いい。呑みながら、店主とよろしくやれるんでね。私は随分あけっぴろげな人間なので自分の事を話すし、相手の事も聴いたりする。ご主人はキャリア十分の寿司職人でちょいちょい自分の身の上話や昭和の古町界隈賑わいなど聴かせてくれる。私はそういった感じの、そのどれもが随分と昔のことなんだが、その昔、昔的な語り口が好きで、ご主人から聴きだすべく、これまた私がアレコレ質問したりしている。これどうだったでしょうねぇ。

( ^ω^)・・・会話の導火線が着くと語るよ、私もご主人も。ただ、会話が弾むとついつい呑みすぎてしまって、調子が出すぎると……銚子にやられちゃうみたいな……当夜

二拝二拍手一礼、いつもやっている。白山神社、本当は別な店に行くつもりだったんたが、つい目に入って、それで行かないと悪いような気になって。すし作――道順――白山神社の鳥居を背にして信号渡る。上古町。左側を約100mぐらいかな。歩く際アーケードの柱に注意する。

表示がある、元は鍛冶屋がかたまっていたらしい。その後は呑み屋が鈴なりの場所だったが、今は跡形もない。昔々、繁華街の名残。左側に着物屋さんがある。私は着物男子なのでこの辺があると入ってみる。古着だが店の人は親しみやすく、初心者でも気後れなく着物が物色できる。普段着でも晴れ着でも、よかったら着物、興味のある方はどうぞ。それはともかくとして……

そのまた左が細道、ピンチャン通り、覗くと看板が光っている。入口が昭和的、他に店はない。かつては下記の写真のように狭い路地に呑み屋が所せましと乱立してた時代もあったらしい。

しかしながら、当時の頃のお店で残っているのはココすし作のみ。始めた時からそのままの状態で営業中である。名残がみて取れます。店内。さて、お店入ろてば

おや、お前さん……昔懐かしい客が来た。オヤジさんは虚を突かれたような面持ち。そうだよ、俺だよ(^_-)-☆下手すれば一年ぶりぐらいになっちゃう、来なかったかしらん。ごめん。さながらフーテンの寅さんがひよっこり店に現れた雰囲気……オヤジさんに目礼した。はにかみ気味の私は席ついた。くたびれ加減の高椅子、開けっ放しの食器棚、壁に掛けられている額縁に入った古色豊かな蒸気機関車、塩沢だったけ、プロ野球のポスター巨人、オヤジさんは巨人が好きなんだよな、俺は阪神、どこかしこも古い。が、味わい深い。

「さっそく握ってよ。一人前」

それは良いが、何を呑もうか。ちょいと考えた。ビールにしよかと、が止めた。やっぱりここは、

日本酒で。先客は二人いた。こちらの寿司を仕上げるとオヤジさんはちんまりと高所にあるテレビを眺めていた。のちに先客が店を出ると二人きりになってしまって。静謐。で、言ってしまった。

「コレもう少し熱くしてくんない」

「そうだね」、とオヤジさんはチラ見してさ。銚子を引き上げて燗する。始まるよ、熱いのが。

こちらの日本酒は菊水一本。一升瓶が鈴なりに並んでいるなか唯一紙で包まれ売られているの見て気に入ったのサ。オヤジさんは言っていた。菊水が今みたいに有名じゃなかった頃、50年ぐらい前の話らしい。調べたら菊水の会社は出来て50年ぐらいらしい。黎明期じゃん。今じゃ新潟を代表する酒造メーカーだ。なんだか先見の明あるね、オヤジさん。

お銚子というには長くて大きい、その形は時代劇にでてくるような代物。

「もっとあったんだが、割れちまってねぇ。今じゃ、二本きり。もうこういうの売ってねぇんだて」

感慨深げなオヤジさん。だろうなぁ、こういうきっちり入るのはあんまり見ないもの。。今は底かさ上げして1合とはいってもせいぜい八勺。だが、ここんちのはきっちりと二合は入るし、入れてくれる。目いっぱい。二合徳利。相方のぐい呑みもデカい、深い、で呑み始める……どう思う、巨人。

「選手とるのが全くやることが節操ないというか、あんまというか大分良くないと思うんだがね。割り食って出される方が気の毒。長野と内海ことさ。巨人ファンじゃなくたって思うよ。ダ・メ・ラ」

「そうらね、他所からとってきて……”(-“”-)”昔からあんな感じだからな」

「とるのも若くない連中とったりしているよね。、岩隈あたり。なんだが意味ないじゃん」

「そうそう。あれらとわーけしょが育てねし、やる気なくすんだよな」

そんななんやかや野球ネタで徳利二本開けてしまって。4合呑んだわけだ。おや、でもこのポスター古いね。前の原体制の時のだ。ちなみにここには高校野球のペナントも飾られている。明訓高校が甲子園出場した時のね。何気に明訓卒業生がこの店来たら感慨深いのでは。高校が移転する前、川べりにあった頃のものだ。私はその時の卒業生です。あと早稲田実業なんてもある。さて、ここで寿司も……

握りは大き目、素朴な握りだ。上品に見せるという向きの鮨屋もあるが、こんな感じの庶民的な寿司が好きだな。私的にはサバ、あと……

アナゴがおススメ。ツメがいい味。サバも店によって〆方ってのがある。これまたいいよ。

また二本、もう8合の日本酒を体に入れてしまって。オヤジさんにも呑ませながらの話し合い、もう立ち合いみたいな呑み方してしまって、当日は1升ぐらいのんでしまって。店出た時はまだはっきりしてしましたが……やがてお眠むしてしまいたて。ちゃんと家に帰りましたがね。こちらは日本酒を呑みたくなる雰囲気のお店です。あれを出されるとね。徳利とぐい呑み。ここにくると呑みすぎるのはわかっていて、永らく店に行くの躊躇していました。が、まだ一升呑める体力がわかったのでまた行ってみようと思います。次回は半分ぐらいで納めようかと。( ´艸`)会計的も割と安い。寿司一人前とお酒一本でも十分。そうだなぁ、二本で呑んでも、三千円きれると思います。別に握ったてもらったり、刺身食べたりした別ですよ。日曜営業。まぁ、興味のある方は行ってみてください。白山神社、上古町経由で。笑

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2017年10月19日

最近、若者による起業・出店が目立っている上古町方面で営業しているお鮨屋さんです。

わかりずらいのでまずは道順から……

白山神社の鳥居を背にして左側に道をとり、上古町商店街を古町方面へ約100m進む。アーケード柱の番号に留意し、柱番号5番で止まる。ピンチャン小路という名前がある。左には「ギャラリー蔵織」という着物屋さんがある。左折すると看板があります。

ご主人はねじり鉢巻きのいかにも寿司職人といった風です。一方でまなじりが優しく人柄良さそうなのが見て取れる。野球が好きで巨人のファン。試合があればいつでも流している。

私は行くと早々に握ってもらう。8貫。握りは有名どころの鮨屋さんに比べてネタ、シャリともにやや大きい気がします。細身で綺麗な鮨もいいですが、見るより食い気、気軽に鮨を味わえるこっちの方が私は好きですね。

回る鮨もそこそこ美味しいが、こういった鮨職人が握るのをいただくとやっぱりきちんとした鮨屋で握ってもらうが一番と感じてしまう。

お酒はビールが大びんサイズ、日本酒もお銚子が時代劇にでてくるような長くて大きいもの。一杯入る。各一本ずついただけ場十分酔えます。

一人前いただいた後で握ってもらうとしたらアナゴかな。甘辛いツメがいい。それからサバ、いい具合にしめてます。おススメしたいですね。各2貫ずつ。これでいつも私はおあいそ。時期にもよると思うのですが3千円ぐらいで済んでます。古町中心部の鮨屋さんではこれでは済まないでしょう。

お店は正直古い。椅子もカウンターも調度品何もかも古いのですが、私的にはその古さが心地よいですね。店内にはほの暗い通りを照らす提灯の数々を写した写真が飾られてます。昔のピンチャン小路であり、飲食店街として賑わっていた頃の往時が忍ばれ、郷愁を誘う。古さの中に味わい。ある面、良い意味でのカミ古さを体現している店だと私は思う。一見なかなか入りずらい店ではあるのですが、機会がありましたら是非行ってみてください。コスパ的に満足できると思いますよ。

お店 025-223-7024  西堀前通1番町704

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