• 駅前隊

某カウンターbar  ~  弁天「駅前楽天地」内、入り口も店内もこじゃれた装いが実にいい。

駅前楽天地にて。店の名前は出さないでと言われました。ですので、行かれる方は写真の外観から見極めて入ってください。とはいえ狭いとこだし、行けばすぐわかります。かつては廃れた飲み屋街。廃墟然としていた場所です。それがちょこちょこ店が開き始めた。そのうち往時の賑わいを取り戻したというより、町全体がリノベーション。大分経ちますが、今はもう実にいい感じの飲み屋街に変貌してますね。その駅前楽天地内で、これまたブルーライトが目を引き、枯淡めいた重厚なドアが印象的な、いい感じのお店がこちらです。

元からして呑み屋だったであろう場所。その壁や柱、調度品、店内は年代を重ねた自然な古めかしさが匂いたってくるような。その風合いは深みがあります。洋酒を呑ませる店のインテリアとしてざっくりとして潮流が二種類ある。無駄を省いた無機質なシンプルさを強調した都会的ハイセンスな店を意識したもの。ニューヨークのマンハッタン辺りで仕事している背広に身を包んだ小綺麗にした金融筋の人達が行くような洗練された、オシャレ感たっぷりのマンハッタンスタイル的な店  ちょいと敷居が高く感じる。行くとき着ていく服装考えてしまうみたいな。

もう一つはレンガやタイル、無垢材を使って見映えよりも古さ、ビンテージ感を前面に出した風。倉庫を改装して作ったみたいな、下はジーンズ、上は作業着のままで呑みに行っても違和感ないみたいな、これまたニューヨークで言えばブリックリン辺りで港湾や工場に勤めている連中が仕事帰りに一杯しにくるブルックリンスタイル的な店 古い物が断捨離されず、そのまま置かれていたり。ひっそりと。それがまた店の雰囲気作りに役立っている。

どちらのスタイルもbarとして実にオーソドックスな型、である。そして、こちらはブルックリンスタイルそのもののお店であり、完璧に表現している――貸主の倉庫にうっちゃってあったペンダントライト。そのエジソン電球から放たれる光は灯りとしては暗い、が柔らかく温かい。カウンターは途中で折れている。採寸合わず。だから、こうなってしまってとマスターから聴いたことがある。いいじゃないか。異彩を放っているカウンター。

それが私には味わい深い――店内一面が茶褐色、古びた風合い。その古色には古色なりの美しさがある。そして、こちらで呑んでいるとふと過去に回帰してしまって。昔を思い出してしまう……会社に入って初日の時だよ。もう昔々のことなんだがね。渡された自分の名刺を前にして、上司から言い放たれたことを思い出す……

「これは君の名刺。だが、それは本物じゃない。正確ではないね。何故だが分かるかね」

言われた私は黙っている。緊張。うら若き社会人1年生だもの。息をひそめ、目を丸くして、である。

「だって、そうだろう。君は仕事人としてまだ実績を何にも遺していないんだから。名刺は会社の看板、だがその看板を培ったのは君じゃない。先人、あまたの先輩達だよ。その名刺を使うことはいわば先輩達の遺産に胡坐をかいて仕事をすることに他ならない。当面は仕方ないが、君は早くその名刺に見合うだけの実力を身につけなくてはいけない。努力しなくちゃいけない。いいなっ」

ニヤリと笑って、

「平たく言えば仕事はなるべく自分で決まりつけろ。人に頼るな。つまりは名刺で仕事するなってことよ」と、上司は言った。今であれば「君の就活は終わった、これからは君自身会社で自活しろ」という感じではないかな。ちょいと当時の私には辛口な。だが、今思いだしても色あせない。むしろ思い起こせば起こすほど含蓄ある台詞だ。シンプルさに苦みと深み、マティーニを呑んだ時みたいに。その人はカクテルが好きな人だった。

コーヒーも好きだったな。喫茶店でエスプレッソコーヒーをよく飲んでいた。写真はエスプレッソ・マティーニ。良かった、美味しかった。こちらで初めて呑んだよ。あの人も呑んだことあったかな――

ピンストライプの黒スーツに中折れ帽子被って通勤してくる銀行員なんて、なかなか居ない。目立ちすぎて一見近寄りがたい雰囲気だが、話してみると至って気さくな人だった。これはこう、あれはあれ、決算書の見方から債権回収のやり方まで、凡そのことをその人から教えてもらった。本読み学問より話聴き学問だったかな。かつ、実践も。その基本は顧客との面談。数字では見切れないところを対面のなかで、見てみる、いわば観る。その表情から意図、心底をも見極めて。取引の可否を判断したりする。

――決算書は指針の一つだが、うのみにするなよ。あれは過去の物。情報は直ぐ陳腐化する。昨日の新聞なんざぁ、面白くもなんともないもんだろう。それと同じ。大事のは、面白いのは、今どうなのかってことなんだ。それを観れ、直近の計数なり、人と会うなり、観れ、そしてタイムリーに物事を見抜く力をつけろ。

もちろん相手もこちらを観てたりするんだがね。仕事上の交渉の駆け引き。凡そシビアなものだが、掛け合いをしているうちにお互いがこなれてきて信頼関係が醸成されてくる。難しい話がすとんと納まったりするんだな。また話の流れで相手様から有意義な情報をもらえたりする。

仕事は人づきあい。とにかく人と話す。回数を重ねろ。そのうちわかるから、万事身につく。本当のところから入り、本当のことを知ることが大切、それが一番スタンダードだから。

――本当のことを知らないと本当じゃないことを本当にする

ウイスキー、またジンやウオッカなどの蒸留酒はストレートだと最初は苦みと強さが先にたつが、いろいろと呑んでいるうちに味が分かってくる。洋酒は呑み手が経験を積まなければ美味しく呑めないものなんだ。上司が体現してみせてくれたことで大分学ばせてもらった。仕事も酒も。

銀行は人が一杯居るので異動すればもう会わない人が大半なのだが、私はその上司と縁があるようで……二度目に一緒になった時だ。私も入行して10年目ぐらいの時。力もつけた。が、処理件数、融資を伸ばそうと図に乗って失敗してしまって……事務ミス、段取り遅れ、お客さんに迷惑。融資は他所で手当てしたんだけどめっちゃ落ち込んだね。

「ほう、随分参っている風だな。俺は実に愉快だ。今のお前が……」

自動販売機から一本出して。ホレ、これ。ごちしてもらったのは缶コーヒーB0SSだった。

「やっつけ仕事で進めるからさ。自分を過信して、小手先で勝負するからヘマをうったんだ。慢心。俺は最近のお前にいい感じをもっていなかった。だから落ち込んでほしいね。とことん落ちろ」

気休めは言わない。そういう人だった。

「客が金を借りに来るというはそれなりの覚悟もってきているということ。そういった人に対して俺達は俺達なりに本気になって応対してやらなくちゃいけない。俺はそう考えている。だが、お前は型通りで流そう、万事すまそう、軽く考えている。俺にはそう見えていた。なるほどお前は書類作りは手早いな、喋りもなかなか上手くなった。だがね、心がない。客をきちんと観てみない、飾った言葉を口にしているだけ。心からの言葉で語らない、語られてない、有様が上辺、パターン化。お前は全くなっちゃいなかった。いまのまま飾った言葉で話したって、客に見透かされ愛想つかされるのがオチだぜ」

そう言いながらも客に詫びを入れに行くときは一緒についてきてくれた。謝る時の態度――湿気た風じゃだめ。高らかに発声、毅然としてやる。あと首だけ下げる会釈のような感じもだめだ。腰屈めるんだ。少し屈め、一寸間をあけて、ぐんとしっかりと45度ぐらい。すみませんでした、堂々とやる、いいな――それでやった。一緒に。すっと。二段構え謝罪。我ながらほれぼれするぐらいの腰のかがめ方だったと思う。心から詫びを入れて、である。

あまりに上手くやったので、不手際に怒っていた相手方の社長さんも鉾を収めてくれて、今でもうちと取引してくれている。

「俺の言った通りだろう。言葉は誠実に、気持ち、心を込めて。女を口説くときみたいにだ、忘れるな。俺はそっちの方もそうしている、やっている……」

ほっとした流れで二人で居酒屋で呑みながら、俺の肩を抱きながら、こちらにしたり顔で語っていたな。あの人。だが、言うわりにはそっちの方はからっきし。ずっと独身だったな。私もおんなじなんだが。( ^ω^)・・・

こちらのお店は洋酒メニューがある。どんな味なのか書いてあって読んでてイメージが沸いて実に使い勝手がいい。私はこういうマスターの営業努力というか、お客さん目線の有様を評価したい。折に触れて、メニュー変えているから、どんな酒を入れたか来た時読むのが楽しみ。仕事は長くやっていると知らず知らずに流れに任せたルーチンワーク(きまりきった日常業務・パターン化)に堕ちてしまうもの。だから、日々変化を求めて行かないと。変化のなかに進歩がある、刺激がある、楽しみもある。仕事。

「これやるぞっ、いいな」、命がくだる。ぽんと私の机に決算書投げおいて。見ればうちは当座しか無い、他所先がメインのとこ。それがどうしてこんなの貰ってこれるんだ、うちの支店長代理様はよ。ここんち、いい会社じゃん。

「で、幾ら」と、問いかけると上司は三本指。無担保なんですよね。それはいくら何でも……

「三千万で申請あげれば五百万ぐらいとれるだろ。いれられるだろ」

水増申請。あざとい、今ではとってもやれない。それも客じゃなくて、身内がやるんだもなぁ。半ば呆れ気味だが、これが上手くいくから不思議だ。初めは少額融資、端緒を得て信頼を醸成させたのちに一気に勝負に出る。融資で他行の借り入れを返済させる。ひっくり返しね。仕掛。上司の十八番だった。

「明日早々にだす。今日は付き合えよ」

わかってます。いつもことじゃないの。いきなりの融資案件の起案資料作りで夜遅くまで残ることになるんだが、今じゃこういうのないね。9時から5時、せいぜい7時まで。それで仕事は終わり、あとはプライベートです。よろしくみたいな。だが、ほんの少し前までは仕事が私のプライベートみたいな人いました。昭和ね。残業します。そう、まぁよろしく。支店長も笑って聞き流す。こういうのが普通だった。

お客のことを調べて、ニーズや課題を割り出し、やがては提案にもっていく。24時間考えているみたいな。自分が納得できた時が帰る定時、というが上司だった。終わったら、カギ閉めて裏口からでて、ビールに餃子、ラーメンでも食べながら、与太話でもして……それからbarへ流れて。上司のいきつけは宝塚会館の下だった。

「今日はお任せで。甘くて効いてしまうカクテルを」

「お前はいつもそれだな」

「悪いですかね」

「いいや、甘くて効いちゃうやつは俺も好きだよ。笑 だが、今晩は随分寒くなってきている。これから雪でも降るんじゃないか。俺はアイリッシュコーヒーでもいただこうか」

確かに師走も年末にさしかかった寒い夜だった。barではお互い言葉少なだった。さっきの喧噪じみた語らいとはうって変わって、お互いが無関心を装い、肩を並べて独り酒杯を傾けるというが常だった。とりたてて訳はない。だが、それがbarでの礼儀というか、宵に酔うているその人の横顔に穏やかな安息を見出した時、そっとしておいてやろうと。付けず離れず。俺は俺、お前はお前、お互いよろしくやる、共に緩やかな間合いを保って、酒を嗜む。barはそういうものなんだと自然に学んだ。それが作法だと。

「今年も暮れるね」

「ですね」

「大雪になるかな」

「嫌ですね、除雪。自宅、店先、店開けるまで汗だく、へとへと。またあの季節が来てしまうんだ」

「俺なんて腰悪くしてるから憂鬱だよ。タイヤまだ代えてないし」

「そいつは早く代えないとですね。万が一、今晩降られて積もったら、起案届けられないでしょ」

「あはは、タクシーに乗ってでも届けるわい。だが、マジで心配になってきたよ。雪が……」

……それが今年はホント雪が少なくて。去年とはうって変わって小雪で通勤電車も遅れずに私は大助かりでしたわ。ここ数年のなかでは一番少ないんじゃないかな。バカよかったですて、先輩。それこそ、いかがですね、そちらは。アクエリアスのマスターを見かけたりしませんか? そちらに行ってるはずなんですがね。そちらで店開いて、やっぱり先輩もそこへ行って呑んだりしているとか。面白い、ちょこちょこ私思ってます。barアクエリアス無くなってもう今年で四年目なりますね。

宝塚会館から移ってからのお店はどこぞの人が引き継いでいましたが……これ言いましたっけ?行こう、行こうと思ってましたが、閉まってしまって。ついぞ行かないで終わってしまいました。あのビル自体が何だか取り壊されそうな気配ありますね。

さて、私の方はおかげさまで元気にやっております。独り身の気楽さから方々飲み歩いてますが、結構覚えましたよ。洋酒。今ご一緒したら、お店ともどもいろいろと紹介できるのになぁ。つとに思ったります。その辺を語らせたら随分と詳しかったですからね、先輩は。笑 仕事の方は可もなく不可もなく、です。私も少々落ち着いてしまって。

――向こうじゃ、謙虚にな。人に教えを請う、学ぶは大切だから。だが、習いが倣(ならい・模倣)いになってもいかん。真似しているだけじゃ、その人以上に成れない。仕事における自分の型、スタンスをしっかり築け、そして安易に揺らぐな。自分に理があると思えば支店長だろうが、ものを言え、しっかり議論しろ。俺も先輩からそう言われたから。自分の意見が結果として通らなくてもいいんだよ。節を曲げずにやったということは遺る。例え端だって、自分が真ん中だと思ってれば真ん中だ。それで、行く、やる。なっ、おい。これが仕事における男の矜持というやつなんだぜ。

転勤決まった時言われたこと……ただ、先輩が居た時の、先輩のような有様は、もう難しくなっていますね。今のうちにはもういないです。先輩のような野武士型は銀行員は随分前に絶滅した感があります。ただ、私は忘れていませんよ。幾らか物はわかっているつもりなんでね、なるべく先輩の色を参考にして、これからも頑張って行きたいと思います。先輩もお大切に。では、今日はこの辺で。献杯

長々と失礼しました。いずれにしてもこちらのお店の雰囲気良さは格別なものがある。マスターも貫禄というか雰囲気があって、いい感じ。お酒の事も聴けば気さく応えてくれる。あともっとも良いのはチャージ料がとられません。お酒一杯の値段から。リーズナブルです。bar初心者でも生き慣れた人でも居心地良く呑める、楽しめるお店と思います。

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